7. 鹿革(ディアスキン)の特性と皮革衣服の設計記録
ウールやリネン素材と並行して検討を進めていたのが、皮革でした。
都市から自然へ移動し、火を起こし、外で過ごす時間がある中で、衣服には環境から身体を守る役割も求められます。
これまでの生活の中で、他の素材に比べ、重さはありながらも身体に馴染み、耐久性が高く、外的な刺激から守ってくれるレザーという素材の特性は、体感、経験として記憶していました。
一方で、一般的なライダースジャケットのような形は、用途が限定されやすく、日常と自然の両方で使うには適さない場面もあると感じました。
そのため、特定の用途に寄らず、様々な環境で使える形を前提に考える必要がありました。
素材として選んだのは鹿革です。
雄革のバックスキン、雌革のディアスキンと呼ばれるものがあり、いずれも柔軟性と耐久性を兼ね備えています。
日本においても古くから使われてきた素材であり、長い年月を経ても形を保つ高い耐候性を持っています。
また、水に濡れても硬くなりにくく、乾いた後も状態が戻りやすいという特性があります。
ウールが繊維の内部に水分を保持することで機能するのに対し、
鹿革は濡れても質感や機能が崩れにくい素材です。
(画像は鹿革のサンプル生地。生地の厚みと黒の皮革はバフ掛けして起毛させることに決まっていましたが、当初は白で商品化する可能性も探っていました。各業者に染めを頼んだ際の白の出方を見比べていた頃のものです。)
ウールやリネン、鹿革は、いずれも“呼吸する素材”であるという点において共通しており、身体に対して“閉じた”構造ではないことを重視しました。
形としては、過度にタイトなシルエットを避け、インナーの調整によって様々な気候に対応できる余白を持たせました。
日本の羽織や、インナーとして使われてきたキルティングジャケット、
またデッキジャケットやワーカーズコート、バーシティジャケットなどの構造を参照しながら、適度なゆとりを持ち、可動域を妨げない設計です。
表面にはバフ加工を施し、光沢を抑え、一見すると皮革に見えにくい質感にしています。
これは見た目のためだけではなく、雨に濡れた際に染みが残りにくくするための加工でもあります。
また、火の粉が飛ぶような環境でも焦げにくく、日常から野外までを跨いで使える耐久性を持っています。
裏地には60/40クロスを採用し、透湿性と耐水性を確保しながら、比較的乾きやすい構造にしています。
koto jacketにおいてはリバーシブル仕様とすることで、環境や用途に応じて表裏の使い分けができ、下に薄手のジャケットを着用しても、嵩張らないように丸みを帯びた“懐”を持たせ
nrw jacketにおいては、レザーであることを主張しない“間”、動きやすさを設計しています。
いずれも着用者の肉体的な個性が滲み出し、着用者“その人”で衣服が完成するように。
TARCHIのアイテムは全てその前提を通っていますが、この二着も同様に
着用者よりも雄弁に衣服がキャラクターを説明しない“無所属さ”を作りたいという思いを意匠に載せています。
加えて鹿革のアイテムを設計していたこの時期は、ウールキャバリーツイルのパンツを日常的に試験着用していた最中で、その優れた機能性、一年を通して使える可能性に、同生地でキャップを作ってみたいと思い始めた頃でした。
その流れから、キャバリーツイルと鹿革を組み合わせたキャップの開発に着手しました。
本来、裏地のすべり部分に革を使うことは一般的ではありませんが、鹿革の銀面が皮膚の湿気によって滑りにくくなる挙動を確認し、実用に転用できる可能性を見出しました。
試作と着用試験を繰り返しながら、厚みや構造を調整し、野外活動や日常の双方で成立する形へと整えていきました。
これが現在のtsuba capの原型となっています。
鹿革については、使用環境や摩擦の状況によって、ごく軽微な色移りが生じる場合があります。
例えば長時間の接触や発汗を伴う状態では、淡色の面にうっすらと色が付着することがありますが、これまでの試験では、拭き取りによって除去可能な範囲に収まっています。
また、使用と時間の経過に伴い、色味や風合いに変化が生じます。
摩擦や湿気、水分の影響によって徐々に色が抜け、質感が変わっていきますが、これは劣化ではなく、使用によって現れる自然な変化と捉えています。
使用後に乾かす、軽くブラッシングするなど、日常の手入れの中で状態を保っていくことができる素材でもあります。
状態に応じて手を入れながら使い続けることも含めて、この素材の一部だと考えています。